ゴールデンウィークに毎年サンセバスチャンを訪れていた。コロナが始まる前までは。
もう4年も彼の地でバル巡りをしていない!耐え難いことこのうえない。GWの航空運賃を調べてみた。チケット代はコロナ前の2倍以上。天文学的な価格に跳ね上がっている。ますます遠ざかる酒場天国。悲しみが止まらない。
いつになるかさっぱり見通せない次回の旅行に向け、せめてバル巡りの妄想を書き記し、慰みとしたい。
とその前に、ごあいさつ。
「ランブロア」では“ペペ”と呼ばれている。苗字が穂積ということで名づけられた(ある年代以上の方は由来がお分かりのかもしれません)。7年前、近所にバスク料理屋でできたと知り、妻が海外旅行中に足繁く通った。サンセバスチャン以外で初めて食べたチストラやバカラオのレブエルトのうまかったこと。またチストラをメニューに載せてくれないかなあ、磯部さん。以来、スペイン人の日課のように、ちょこちょこ店に足を運び、今では1杯(もしくは2杯かそれ以上)飲んでは帰るという、バルのような使い方をしている。店の奥のワインセラーの前あたりで立ち飲みしている人がいたら、たぶん私です。
初めてサンセバスチャンを訪れたのは2004年の1月。バルが密集する旧市街をぐるぐる巡った。当時はスペイン語のメニューを読めなかったため、ビールやチャコリを片手にひたすらカウンターに載っているピンチョスをつまんでいた。ある日ミゲルとフアンの老人2人組に声をかけられ、バルのはしごをした。翌日はミゲルとバスに乗り、宣教師ザビエル(バスク人!)の師匠にあたるロヨラの生家、ロヨラ城を訪れた。スペイン語・バスク語しか話せないミゲルとスペイン語をほとんど話せない日本人の奇妙な小旅行だった。夜はまたフアンと合流してバルで飲んだ。帰国前夜、旧市街を歩いていたら、鍋や小さな太鼓を叩きながら町を練り歩く人たちに遭遇した。誘われてついていった集会所には大勢が集まり、飲み、唄っていた。それがサンセバスチャン最大の祭り、「la tamborrada」(太鼓祭り)だと知ったのは帰国したずっと後のこと。バルやバスク人に魅せられ、毎年のように通うようになった。
妻(料理家・植松良枝)との新婚旅行もサンセバスチャン。彼女もまたバスクに惹かれ、「スペイン・バスク 美味しいバル案内」「バスクバルレシピブック」を著した。

さて、本題に。
せっかくサンセバスチャンを訪れたなら、朝バルから始めよう。
とはいえ、旧市街では朝から開いているバルはそう多くはない。観光地化しているこのエリアは、昼ごろから「さてぼちぼち始めるか」というバルが大半だ。多くの店は昼頃オープンし、夕方休憩をはさんで、夜からまた再開する。
そこで重宝するのが
「バル・ゴリッティ」

ブレチャ市場の前、旧市街への入り口にある、創業1920年の昔ながらのバルだ。市場前という場所柄か、早朝オープン、夕方にはクローズするという健康的な営業時間。立ち働くカマレロは中年の渋いおやじのみ。みな決して愛想はよくないが、通っていると、また「また来たな」という顔付きでにやりと微笑んでくれる。狭い店の左奥にはスロット機が鎮座する。かつては多くのバルにスロット機やピンボール機が置かれていたという。まさに老舗バルの証。カウンターには所狭しとピンチョスが並んでいる。朝イチの気つけの一杯はシドラかチャコリ。新鮮なイワシやタコのピンチョスで流し込む。さあバル巡りのスタートだ。
次回はもうひとつの朝バル「ホアンチョ」の話を。
Bar Gorriti バル ゴリッティ
20003 Donostia, Gipuzkoa, スペイン
+34 943 42 83 53